オタクの様子がおかしい。
そのオタクはハロー!プロジェクトに所属する、Juice=Juiceというグループのオタクだ。
メンバーの宮本佳林ちゃんのことが大好きで、まるで神か天使のように盲信している。
そのオタクの様子が近頃おかしい。
先日の10月10日にZepp Tokyoで行われたライブを楽しめなかったようなのだ。
ライブ後の話をまとめるとこうだ。「確かに宮本佳林ちゃんは可愛い。曲も好きだ。衣装も良い。なのに、今まで感じていた幸福感だけが無かった」
長くオタクをやっていると、そういうことはよくあると思う。
実際にJuice=Juiceに新メンバーが追加されるという発表があった時も、そのオタクは大層落ち込んで「ライブを楽しめないかも知れない」とうなだれていた。まあ、実際にライブに行ったら好きな曲が流れて「やっぱり最高だ」と手の平を返していたのだが。
だから、今回も一過性のものなのだろうと思っていた。そのオタクも「まあ、単なる寝不足だろう」と笑っていた。
けれど、今日10月13日にZepp Nambaで行われるライブには、どうやら行かないらしい。知り合いとのチケットの受け渡しがあるから大阪には行くらしいのだが、自分のチケットは売り払ってしまったそうだ。
「どうせ大阪には行くんだから、ついでに見てくればいいのに。完全に交通費の無駄じゃないか」と伝えたのだが、
「こんなに気乗りのしない状態でライブを見るのは、あんなに頑張ってるメンバーに申し訳ない」という謎理論で押し返された。
「どうするんだ」と聞いた。何を、とは聞かなかった。
「わからない」と答えた。それはそうだろう。
まさかオタクを辞めることはあるまい。彼にはオタクしかないのだ。
「一生オタクができればそれで幸せだ。だから宮本佳林ちゃんには一生アイドルでいてほしい」
それが彼の人生論だった。
そのオタクにとって、宮本佳林ちゃんは神なのだ。
宮本佳林ちゃんがいるから、彼は何も考えずに生きていられた。
彼は言っていた。「宮本佳林ちゃんが日々あんなに頑張って、世界に光を届けようとしてくれているのに、その光を見ないなんて背信だ」と。
背信。
* * *
Juice=Juiceは10月29日に日本武道館での公演も控えている。
さすがに彼もそれまでには持ち直すだろう。
だが僕は知っている。過去、僕は2人のアイドルのオタクを卒業してしまった。
その2人のことは今でも好きだし、何かイベントがあれば見たいと思うし、実際に行く。だけど「一生この人を見ていればいいな」とは思わなくなってしまった。神ではなくなってしまった。
僕は彼を信じている。
あんなにだらしない顔でニヤニヤと宮本佳林ちゃんを見ている時の幸せそうな顔を、僕は信じている。
オタクは神を喪っては生きられない。