三億円少女によせて
はじめに
Berryz工房主演舞台、『劇団ゲキハロ第9回公演 三億円少女』を観た。
2010年の舞台を今更になってDVDで観るというのは、普段ならたぶんやらない。どんなに素晴らしい舞台でも、DVDになれば魅力が激減してしまうというのは、同じくゲキハロシリーズの『我らジャンヌ』のを観て実感してしまった。
それでも、一般発売していないバージョンのDVDを買ってまで観ようと思ったのは、この舞台の主演を清水佐紀(以下、しゃきたむ)が演じているからだ。
この舞台は“レインボー主演”という形式を導入していて、Berryz工房7人のメンバーが日替わりで主役を演じる。主役以外の配役も都度変更されるため、メンバーは2〜3役を演じ切る必要があり、とても過酷だったという噂は漏れ聞いていた。
一般販売されているDVDは菅谷梨沙子が主演のもの。今回闇市場で手に入れたものは、期間限定で販売されていたしゃきたむが主演のバージョンである。
推しが主役になる、ということ
本題からはずれるけど、アイドルオタク、特にグループアイドルのオタクにとって、“推しが主役になる”ということはこの上ない喜びだと思う。
もちろん、グループ全体を応援する箱推しのオタや、主役でないポジションだから輝くと思っているオタもいるだろうし、主役とか脇役とか関係ねえ、俺の中ではあの子が常に主役だ、そういうオタもいると思う。
オタの愛は様々だけれど、自分にとっては、推しが客観的意味での主人公になることがとても嬉しい。お姫さま扱いされてほしい。自分の中のアイドル像は、お姫さまなのだ。逆に言うと、自分の中でお姫さま的立ち位置ではないけれど、大好きなガキさん(新垣里沙)のことは、アイドル視はしていないように思う。
推しが主役になることを喜ぶ心理は、例えば我が子が学芸会の主役を務めると聞いた時のような感激や、好きな人の喜びが自分の喜びに感じることなどがあると思う。もちろん自分にもそれらの感情はあるけれど、よくよく考えると、自分はお姫さまになりたかったのかも知れない。それをアイドルに重ねてる部分は少なからずある。
僕はお姫さまになりたかった。(どんな結びだ…)
本題
結論から言うと、観て良かった。買って良かった。初めての記憶がしゃきたむで良かった。DVDでも十分に表現物が伝わってきたし、DVDだからこその細やかな表情の変化が観られた。
個人的な悪いくせで、何にでもすぐケチをつけたがるんだけど、これは良かった。『ごがくゆう』は何だったんだ。好きな人ごめんなさい。
先週に観て、今日2回目を観た。たぶん、次に観るのはずいぶん先になりそうで、書きながら記憶にとどめておこう、と思い書き残しておく。
- ざっくり感想
- 心情の変化
- 「一希説」の考察
- 「依子説」の考察
以下、ネタバレを含みます。
1. ざっくり感想
一郎「雨宮依子、カワイー!(ヵヮィー…カワイー… )」
全てはこれである。これが全ての始まりであり、終わりである。もう終わっていいかな……?
なんというか、脚本書いた人は松本零士とか藤田和日郎とかああいう非モテソウルとルサンチマンをこじらせた結果、(お前らみんなぶっ潰してやる……)みたいな気持ちで描いた理想の女性が依子なんじゃないかなと思う。
なにしろ序盤で披露される数々の設定がひどい。「ぼくがかんがえたさいきょうの◯◯」も真っ青である。
- 田舎から許嫁を頼って上京した
- 幼い頃に一度会っただけの許嫁を一途に思い続けている
- 広島弁
- 世間知らず
- 働きもの
- 男性を立てる
- 物理学的に可愛い(しゃきたむが)
現代劇でこんな女性をつくろうものならフェミ市民界隈が眉をひそめること間違いない非モテ妄想設定の数々なんだけど、「時代感の表現」という格好の免罪符を手に入れてやりたい放題である。
で、そのやりたい放題の依子が可愛すぎるので宇宙の法則が乱れる……。奉公先の旦那や女将やお嬢さまにおみやげを渡した後で、
「一郎ちゃんには、何もないけぇ……うち、もらってくれますか?」
初回の視聴では、終始↑↑この状態である。「ガアッ!」「ウグォ…!」とかそういう獣声が12回くらい漏れた。全ハロメンは一度依子をやるべきだ……。
脚本の力はもちろん、序盤はしゃきたむの表情もくるくると変わって、とても感情豊かに進行する。かわいい。死ぬ。
このアヒル口はあざといよぉぉおお……あざとたむだよぉぉおぉおお……。
という冗談は置いといて、発声をしっかりするためか、口元の筋肉を大きく動かして色んな顔をしているのがおぱょ感あふれてて可愛い。
この辺りで既に(しゃきたんめっちゃ演技うまくね……?)と思い始めてるんだけど、「演技がうまい=違和感を感じない」というくらいの基準しか持ってないので何も言えない。
なんとなく、セリフと本人の感情が一致してる、自然にセリフが出てきてる、という感覚があった。依たむキャワ。
2. 心情の変化
この物語の一番の分岐点は、依子が純弥に惹かれてしまう点だ。三億円事件はあくまで舞台装置で、一郎〜依子〜純弥の関係性こそがこの物語で描きたかったことだと、自分は思っている。
依子が純弥に惹かれる理由として描かれているのは下記の通り。
- 一郎が自分にないものを求めて純弥に惹かれるように、依子もまた自分にないものを求めて純弥に惹かれた
- 割れたガラスをネックレスにしたり、赤ん坊の歌を歌ったりするような「根は悪い人ではない」と感じた
- 自分のことを「依子姫」と呼んで、あの時代では珍しくストレートにアプローチしてきた
3に関しては少し怪しいが、初めて手を掴まれた後に一人になった時の表情が、初めての経験にドキドキした感じが表現されていたように思う。
「そうだそうだ依子姫……デートしよう」
(なんなんあいつ…)(脳内補完)
一郎視点――そして自分視点から見ると、純弥というのは「絶対に敵わない存在」だ。「こういう風に生きたい」と思う対象には、無条件に白旗を振ってしまう。
脚本家が、一郎にドルオタを重ねたかは不明だが、ドルオタでなくても、うだつの上がらない自信喪失ルサンチマンを抱えた人間が憧れるのは、大体ああいう唯我独尊な人間だ。
だからこそ、純弥に惹かれる依子を心から責めることはできなかったし、「純弥さんと一緒なら依子は幸せだった」と、一郎も僕も自分に言い聞かせることができた。
それでも一郎が偉かったのは、「俺が犯人役をやる」と手を上げたことだった。初めて、自分が憧れる存在を超えようと一歩を踏み出した瞬間。それは、直前に「婚約を破棄する」といった言葉とは裏腹に、依子への執着心――純弥よりも良いところを見せたい、という思いがさせた行為だと思う。
あそこは一郎に感情移入して観た時のハイライトだった。
とは言え、婚約は破断だと言われた依子の悲しみを思うと、そんな男の意地はどうでもよく感じる。依子が純弥の部屋から出てきて「ごめん」と謝ったあの時、あそこで一郎が強く食い下がっていれば、未来は変わった……。
3. 「一希説」の考察
物語の最後で突如として出てくる「一希」という存在。最初この役は一体何がしたいのか解らなかった。何を考えてるのか解らなかった。また『ごがくゆう』方式かコラ!オトムギ!!
一希の目的は、祖母の日記に書かれていた鈴木一郎が気になって、一郎に依子を合わせてあげたいからタイムスリップという設定を使って現れた、という話。
理屈は通るが、動機として弱すぎるように感じる。疑問に思うのは、
- 四十九日の日に初めて知った鈴木一郎という存在に、そこまで感情移入できるのはなぜか。小さい頃から聞かされてたならまだしも。
- 依子の性格上、一郎には二度と会わないと決めていただろうから、一郎の現状も知らないはず。一郎が今も依子を探してる、ということが明確でない限り、会いに行く必要性を感じづらい。
- 逆に依子が一郎の現状を知っていた場合、それでも依子は会いに行かなかったということになって、だとしたら一希が会いに行くのは依子の本意ではないのでは。
考えれば考えるほど、一希の動機に納得がいかない。
一希が自分の正体を告白したのが、「依子を未来に戻そう」というタイミングだったので、なんとなく未来に戻す方向で風呂敷が畳めずにウルトラCしちゃったのかな……と穿った見方をしてしまう。
まず俺の感動を返せ。
もし一希が本当に一希だとしても、一つだけ、千奈美のナレーションは完全に観客を騙していたことになる。いわゆるミステリーの禁じ手みたいなもので、あまり良い方法とは思えない。
4. 「依子説」の考察
なので、自分は断然こちらの説なのである。この説がどれだけ市民権を得ているかは不明だが、オタ友さんから教えてもらった内容は、「依子が一希と名乗ったのはブラフで、あれは本当に依子だった」という説。
この説で辻褄が合わない点は以下のような感じ。
- なぜ日記を持っていたか
- 日記の続きはいつ書いたのか
- いつタイムスリップしたか
- 一希だと偽ってどうするつもりだったか
1に関しては、たまたま持ってた、新しく買った、とか。
2に関しては、ジェバンニが一晩で(ry
3に関しては、服装からして事件当日だと考えられる。ということは今ごろ純弥は目が見えないままどこかで一人野垂れ死んでる可能性が……。
4が一番の難問で、あのまま一郎と一緒に居られないと感じた何かがあるんだと思うんだけど、明確な気配は無いんだよな。。一度一郎を裏切った自分がいまさら一緒に居られない、くらいの理由しか思い浮かばない。
そして、一郎から離れたとして一人で生きていくことができるわけでもなく。もはや幽霊が1日だけ肉体を借りて現世に降りてきたとかの方がまだ辻褄が合う……。
物語は辻褄合わせじゃないから、勢いで押し切る部分はぜんぜんあって良いと思うけど、一希説だと中盤の感動が全て台無しだし、依子説だと肝心の一郎から離れる理由が無い。
あたしゃね、一郎だけでなく依子にも救われて欲しいんですよ。依子はきっと一生背負ったんだろうなと思うんす。一郎はきっと自分のことを恨んでるだろうな、と。
あんなに好きな相手から恨まれてるかも知れないのに弁解しに行けない辛さよ……。それを思うと、やはりあれは依子であってほしい。
鈴木一郎は床下に依子の夢を見るか
一希であれ、依子であれ、依子は一郎の元から再び去った。最後に一郎が見た依子の幻は、死後の世界だったのかも知れぬ。ずっとずっと心の中でわだかまっていた思いに一つの決着がついた時、今の一郎に思い残すことがあるだろうか?
本当の設定は闇の中だ。それでも最後に一郎は、僕は、幸せな幻想を見た。嘘でも救われよう。